ブログDE読書日記

ブログで自己啓発・ビジネス・資産運用・IT関連本のレビュー(感想)を紹介します。と、最初は思っていたのですがビジネス書以外についても書きます。っていうか、いわゆる日記ですね。

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別れ

平成22年11月8日午前に母から電話が来ました。
父の容態が悪化したため、すぐに病院に来てほしいということでした。
すぐさま病院に駆け付け、看護師の説明を聞くと意識はあるが心拍数、血圧が降下しているということでした。

家族全員でいきなり会いに行くと、不安を与えてしまうと思い、私はとりあえず職場に戻ることにしました。
その時は「今すぐどうかなる」という状況では無いと思っていました。

ところが職場に戻る途中で再び連絡が入り、さらに容態が悪化したということでした。
大至急、病院に戻り、父に会いに行くと既に酸素マスクを付けた状態でした。

話しかけると、「うん」とうなずいてくれました。

それから徐々に呼吸の感覚が長くなり、平成22年11月8日午後4時4分に父は息を引き取りました。

そして、バタバタとお通夜、火葬、葬儀そして諸手続きと、悲しんでいる暇も無くあっという間に1週間が過ぎて行きました。

父は平成20年5月に「大腸ガン」を患い、手術を行った後、抗がん剤治療を続けてきました。体力的にも精神的にも辛く、不安な気持ちに押し潰されそうな日もあったと思いますが、常に前向きな気持ちで治療に専念していました。
また、最後まで自分の事は自分で何でもやる父でした。
それは、家族に負担をかけたくないという父の優しさだったのだろうと思います。

父が亡くなり、父と親交があった方々から様々な話を聞いたり、そして自分自身で様々な事を考えました。

自分自身後悔はなかった?と考えると・・・
父とは病気になる前には面と向かって何か話したということはあまり無かったような気がします。どこの家庭でも同じようなものなのかもしれませんが、父が元気な時にもっと話をしておけば良かったような気がします。
もっと精一杯、父と向き合えば良かったような気もします。
それでも、病気になってから2年6ヶ月間はいろんな話をしてきたよう気がします。
父がどのような生涯を送ってきたか少しだけ分かったような気もします。
また、終末期には今まで簡単に出来たことが出来なくなり、イライラしていたせいか、私もどう対応してよいかわからず、素っ気ない対応をしてしまったかもしれません。
あまりに気を使いすぎるというのも、自分の中で「よろしくない」と思っていたので、逆に普通にしようとしていた感もありました。

また、最後の最後まで心配をかけてしまったことを後悔しています。自分自身が責任ある大人になりきれず、大変心配をかけてしまったと思っています。

まだまだ語りつくせぬ思いがありますが、今日は疲れてしまったのでまた後日書きたいと思います。

また、祖母の病状も心配です。ほとんど食べることができない状況のうえ、点滴も拒否しているため、心配でなりません。
祖母は平成22年10月11日に緩和ケア病棟へと移動しました。腰の圧迫骨折はまだ完治していませんが、外科の医師と緩和ケアの医師が協議した結果、緩和ケア病棟へと移動することになりました。
その協議内容がどういうものであったかまだ聞いていませんし、血液検査などは一切していないため、病状がどうなっているのかわかりませんが、移動する時期なのかもしれません。

祖母の意志を最大限尊重できる環境作りに、私は最大限の努力をしようと思います。
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