ブログDE読書日記

ブログで自己啓発・ビジネス・資産運用・IT関連本のレビュー(感想)を紹介します。と、最初は思っていたのですがビジネス書以外についても書きます。っていうか、いわゆる日記ですね。

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覚悟やら責任やら

10月17日(日)に父が再入院した。
日曜日の朝にメールが来ており、数時間後に気づいた私はすぐに電話をすると、まつたけを貰ったから取りに来いと言った後に、言いにくそうに「入院しようかと思っている」と言った。

すぐさま実家に駆けつけると、心の準備ができないので午後から病院に行きたいということだった。

以前、祖父が同じ状況の時に父が病院へ連れて行ったという話をいつか聞いた。
恐らく今自分がその状況にいることを感じているだろう。

そして、私もいずれそうなるかもしれない・・・

父は4日ほど固形物を何も食べれなくて相当痩せていた。手術前後からだいぶ痩せていたし、頻繁に会っていたのであまり気付かなかったが、相当痩せたようだった。恐らく体重は30キロ台だと思う。

何とか自分の足で歩いて、車に乗り込み病院まで連れて行ったところ、救急外来であるにもかかわらず即入院することが決まった。

カロリー補給のため?の点滴を受け、環境が変わったからか、病院ということで安心したのか食事も多少だが食べることができた。

話は変わるけど、父は気難しい。それも相当気難しいと思う。入院当日から看護師と揉めていた。看護師も相当イラついているのが伝わってきて、見ているこちらがドキドキしてしまった。

何だか最近父が以前にもましてその気難しさがパワーアップしてきたような気がして、私もちょっとイライラしてしまった。そして、父にもうちょっとその気難しさを何とかしないと、病院に居づらくなるぞと言ってしまった。

父は黙ってしまった。イライラにまかせて言ってしまったことを少しだけ後悔している。でも誰かが言わなければ本当に看護師全員から疎まれる存在になってしまいかねない。気難しいけど意外と言うとその場では納得しないようだけど、後で少しだけ反省しているような気がする。

そして、昨日(10月21日)に母から、明日主治医から病院に来るように言われたので行ってもらえないかと連絡がきた。父には秘密で来てほしいということだったので嫌な予感はしていた。というか、父の姿を見れば相当病状が悪いことは明らかだった。体はやせ細り、その体に似つかず腹水のせいで腹だけがぽっこり突出し、そして足はまるで棒きれのようなのに足首から下だけが象の足のようにむくんでいる。

どう考えても良くない状況であることは誰の目から見ても明らかだった。

何が起きてもおかしくない状況である、恐らく年末年始を越すのは難しい、というのが主治医の話だった。

覚悟はしていたつもりだが、いざ具体的な話をされると、やはり動揺していしまう自分がいた。

もともと気難しかった父が、病気で辛いためかさらに気難しくなって何を話していいかわからない。それでも病院に行こうとは思う。

そういえば主治医は退院はできないが、外出や外泊ならばしてもいいと言っていた。一般的に、というかテレビや本で見る限りでは、病院よりも家にいたい、特に病気の終末期は家で過ごしたいと考える患者が多いように思われる。しかし、私が思うに父は
①入院しているほうが安心である
 →食事や身の回りのことが病室内ですべて完結するため
 →点滴をして、何となく安心感がある
 →急変したときに即対応してくれるため
②外泊(家に泊まる)したい気持ちが少ない
 →家に執着があまりない
 →元々家族団欒のようなことが好きでない
 →一人でいることを好む性格である
 →病院から離れることは不安に思っている
③前向きな気持ちの糸が切れる可能性がある
 →現在、点滴と食事によって体力回復を希望としている
 →入院して1週間しか経っていないのに、なぜ外泊する必要があるのかと思われる

父は今自分の体をどう感じているのか?
少しでも体力を回復して、また抗がん剤治療をしたいと言っていた。父にとって抗がん剤治療は命をつなぎとめるモノであると考えている。実際、父は抗がん剤治療が良く効く体質だったようだ。大腸ガンステージⅣで手術もしたけれど、その後2年半今まで何とか生きてこれたのは抗がん剤治療のおかげだったと思う。非常に緩やかなペースだったけれど徐々に体力が落ちて行ったのは、抗がん剤治療のせいではなく、病気のせいだったではないかと思う。もちろん副作用もあったけど、壮絶なものでは無かったような気がする。もちろん父にとってはそうではなかったのかもしれないが、父は望んで抗がん剤治療を受けていたと思う。
その一方で私に対して、いつも携帯電話はズボンのポケットに入れておけと指示を出された。いつ何が起きるかわからないので常に連絡がとれる状態にしておいて欲しいということからだった。

「死」についてはあまり深く考えたことはない。恐くて考えることができない。考えたところでその時になってみないと結局はわからないし、想像だけ膨らんで意味の無いことだと思って考えないようにしてきた。
父は今どう思っているのだろう。
恐怖はあるだろうと思う。生きているうちに死を受け入れることができなければ、死というものはものすごく怖いモノのような気がする。しかし、死を受け入れてしまったら、少しでも体力を回復しようという気力が途切れてしまうような気もする。

父に対して私ができること・・・何も無いような気がするけど、病院に行って父の話を聞くことだけはしよう。

また、主治医からの話によって、「今後のこと」について妙にリアルに感じるようになった。例えば、家のこと。家はもちろん母が維持管理していくことになると思うのだが、母が一人で住むにはあまりにも無駄が多すぎ、そして手間がかかりすぎる。母には今まで頑張ってきた分、これからは悠々自適に好きなように生きて行ってほしい。
もう苦労しないで生きて行ってほしい。
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| 父のこと | 07:37 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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| | 2010/10/26 21:15 | |















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