ブログDE読書日記

ブログで自己啓発・ビジネス・資産運用・IT関連本のレビュー(感想)を紹介します。と、最初は思っていたのですがビジネス書以外についても書きます。っていうか、いわゆる日記ですね。

2012年03月 | ARCHIVE-SELECT | 2012年05月

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

「アンチエイジング」新堂 冬樹


アンチエイジングアンチエイジング
(2009/02)
新堂 冬樹

商品詳細を見る


軽い作品をと、手に取った一冊です。

予想通りの軽い作品です。

私も一旦、手にいれたくなるとどうしても我慢できない性格なので、共感できる部分がありました。

現実世界も一度落ちてしまうと、元に戻るのが難しくなるパターンってあるのかななんて想像しています。

どツボにハマってしまった二人は見ていて、自分の身に同じ事が降りかかったらと考えると、ゾッとします。

仏教で言う四苦八苦に「老いる苦しみ」というのがあるそうです。

子供の頃は「早く大人になりたいな」と思っていました。だって大人って自由に何でもできるように見えるじゃないですか。

でも大人になっていくにつれて、どんどん不自由になっていくような気がします。でも、それは勝手に自分で自分を拘束しているだけなんだと思うのですがね。

老いる苦しみというのは、何だか最近少しだけわかってきたような気がします。

白髪が増えてきたりすると、恐ろしくなってきます。外見だけに囚われると、苦しくなりますね。

でも、外見って大切ですよね。

最近では外見と内面の両面を磨かないと「ダメ人間」の烙印を押されてしまいそうで、恐いですね。

誰に押されるのかわかりませんが(笑)

心の隙間を埋めたい...出会った頃は今横にいる人が埋めてくれたのに、いつしか隙間を埋めるどころか、その人のおかげで隙間ができてしまう...

ありがちだなと思いつつ、自分だって...


新堂冬樹氏の作品は人間の欲望を上手くついてくると共に、隠しておきたいことをズバッと言ってくる内容が多いと感じます。

ふっ、こんな話と鼻で笑っていられるうちが花なんでしょうね。笑えないと思うようになったら、末期症状かもしれません。

私は今、どの辺にいるのか考えてしまう今日この頃です。
スポンサーサイト

| 小説 | 18:21 | comments:0 | trackbacks:2 | TOP↑

≫ EDIT

3年前と比較して

3年前に同じことをやりました。

地元のイベントの練習です。

3年前にもこのことについてブログを書いていることを思い出したので、振り返ってみたいと思います。

3年前の記事
小さい男ですから…

イベント練習では高校生に指導する役割を持っているのですが、監督的立場にある人(Aさん)がいます。
その人は3年前と同じ人でした。

Aさんはアツイ男です。

3年前と同じでした。

そして、自分も同じでした。

何も変わっていませんでした。

こんな練習してもどうしようもないんでね?と疑問を抱きつつ、冷めた感じで眺めていました。でも、Aさんは相変わらず一生懸命指導していました。Aさんが指導している高校生はやっぱり覇気がでてきていました。

一方私たちが指導している高校生はいつまでたってもヤル気ナッシングです。

恥ずかしがっているのは高校生ではなく、自分です。
3年前も同じで、同じようなことを思っていました。

まぁ、ちょっと自分でも自分の性格がわかってきているので、これでもいいのかななんて思っています。適材適所という言葉もありますし、無理せずにやっていこうと思っている自分がいます。

Aさんのようになりたいとも思いませんが、あ~すごいなと思います。

立場や環境が人を変えるということもありますが、Aさんくらいの気概があれば立場や環境を変えてしまうような気がします。

比較的若い人たちだけでやっていることに気付き、なんだか嬉しくなりました。自分たちで創っていると考えると、こういう世界で仕事をしたかったのだと思い出しました。

3年前は自分の小ささに気付き、強い人間、大きな人間になりたいと思っていましたが、今年はこのままでもいいのかななんて思うようになりました。

年ですかね?特に変わらなくたって、別に問題ないのでは?と思う今日この頃です。
もちろん、手抜きしていいとは思っていません。自分自身で考えて、自分で出した結論で、自分の人生を歩いていこうと思います。

| 日記 | 21:34 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

「白い巨塔」DVD


白い巨塔 DVD-BOX 第一部白い巨塔 DVD-BOX 第一部
(2004/03/03)
唐沢寿明、江口洋介 他

商品詳細を見る


白い巨塔のDVDを見ました。

今から8年以上も前にやっていたのですね。

原作は40年近く前に書かれたようですが、今作で投げかけられた問題点であったインフォームドコンセントやセカンドオピニオンはここ10年くらいで確立されてきたように感じます。

実際に父や祖母がガンを患った時は、ガンだと告知されました。どの程度というのは家族にだけ話されましたが、告知されたうえで治療や入院をしました。

いろいろ調べてその疑問を医師に聞いてみましたが、きちんと答えてもらったような気がします。

DVD版では財前教授の人間らしさが原作よりも強く感じました。

財前教授は原作では憎たらしいほど強い男でしたが、DVDでは迷いや不安、恐れなどが原作よりも強く描かれていたような気がします。

財前教授が病気になってから、死期が近付くと達観できると思っていたが、むしろわからなくなってきたという言葉が心に残りました。

私もそう思っていた節がありますが、2年前に父と祖母の死に立ちあい、そんな事は無いような気がしました。いつでも、そうなんだと思うのですが、いきなりガラっと人が変わることって、ほぼ無いような気がするのです。

父も祖母もいつまでも父と祖母でした。私が知っている父と祖母でした。

今の私はきっと長い時間かけて作られてきたものなんだと思います。こうやって書いている内容も今まで自分が作ってきた「私」という存在がにじみ出ていると思います。

だから当たり前のことなのですが、毎日毎日の積み重ねがその人をつくり、それが死ぬまで変わらないのだと思います。

私はいつからか、何事に対しても真摯に取り組む姿勢が無くなりました。

こんなことしたってどうせ...、メンドクセ...、なんでこんなことをしなくてはならないのか...、そんな事ばかり思って毎日を過ごしていました。

そしたらいつの間にか、どんな事に対してもそう思うようになってきました。

だから何かをしなければならない時に、全然自信がなくって、上手く行かない。積極性が無いから、何をしてもツマラナイ。やらされている感がありありで、生きることに対しても、後ろ向きになっていました。

自分の人生なのにただ歩かされている、自分で何も決められない、そんな自分が出来上がっていました。

たぶん今変えないと死ぬまで、何も変わらないと思います。

だから、変えたい。変わりたい。自分に正直でありたい。なりたくない人間になりたくない。

自分を信じられるようになりたい。自分に嘘をつきたくない。


私はメモ帳にその時感じたことや、感銘を受けた言葉を書き留めて、その年ごとにまとめています。たぶん5年くらい前は人生を前向きに生きていたと思います。その時に感じていたことや考えたことを振り返ってみて、その時の気持ちを思い出してみたいと思います。

財前教授は死ぬ前に心に閉まっておいたことを言葉に出していました。里見教授とは意見が合わなかったけど、目標は同じだったのではないかと思います。患者を救いたい。でも、その方法が違うだけだったのかもしれません。

財前教授は地位と権力によって多くの患者を救おうとした。里見教授は患者と向き合うことによって患者を救おうとした。

どちらも必要なことだと思います。上に立たなければできないこともあるでしょうし、より多くの患者を救えるのはハード的なものが必要なだと思います。でも、心が通わない医療では、救われない場合もあると思います。

どちらも必要なことだと思うのですが、なかなか難しいことなのかもしれません。実際は上に立つためには、清濁あわせ飲む必要があると思いますし、一回でも流されてしまうと、なかなか戻れるものでは無いと思います。

柳原医師のように、一度自分の信念を曲げてしまうと、戻ろうとしても戻れない場合があると思います。

かといって、自分の信念ばかり貫いていくことは、なかなか難しいとも思います。そんな「硬物」はツカエナイ奴として烙印を押され、閑職に追いやられることがあるのかなと思います。

時代に影響されず、人の目を気にせず、なりたい自分になりたい今日この頃です。

一生懸命することが恥ずかしいと最近思っていたのですが、自分でもバカだなと思います。周りの目を気にし過ぎていました。そのことが恥ずかしいです。本気にならなきゃ、つまらないし、死ぬ時に絶対に後悔すると思います。

ムダだっていいと思います。とにかく一生懸命やってみようと思います。

| DVD | 21:54 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

「無間地獄」新堂 冬樹


無間地獄無間地獄
(2000/04)
新堂 冬樹

商品詳細を見る


闇金融の話。

この本の主人公である富樫組№2の桐生は冷酷非道なヤクザ。金しか信用しないこの男は、少年時代に実父に凌辱され続けていた。

そして、心を失った。

そして、心を失った桐生は誰も信用しなくなった。

どんな事でも全く動揺せずに、残酷に債務者を追いこんでいく姿にはゾッとさせられる場面も多かった。

最初のうちは、けっこうグロテスクな内容に読むのが恐ろしかったが、後半からはその桐生に変化が現れる。

同じ組同士の組長争いの中で、№2の桐生は同じく組長のイスを狙っている№3の鬼塚にハメられていく。

そして、最後は後半あたりから薄々感じ始めていた疑問が意外な形で現れる。
この結末は私にとっては、けっこう収まりが良かった。

救われない話でも無かったような気がする。最後に気付くことができたというのは、気づかない、いや気づかぬふりをしたまま最期を迎えるよりも心を解放することができた桐生はまだ救われたような気がしたし、読んでいる私も嫌な気持ちを引きずることは無かった。

この本を手に取ったいきさつは、ハードボイルド系の小説を読みたかったからだ。小心者の私はどんな事にも動じない男の本が読みたかった。そんな本を読んで強くなりたかった。

もちろんそんな本をいくら読んでも強くなどなれないことはわかっていたが、現実逃避したかった。

強さにはいろんな捉え方、考え方があると思うが、私が今欲しい強さはどんな事があっても動じない毛の生えた心臓のような強さかもしれない。

いつも誰かにビクビクして過ごしているような気がする。本当に年を経るにつれ、弱くなっていってるような気がする。

まったく困ったもんだ。


| 小説 | 09:50 | comments:0 | trackbacks:1 | TOP↑

≫ EDIT

「背広の下の衝動」新堂 冬樹


背広の下の衝動背広の下の衝動
(2004/11/13)
新堂 冬樹

商品詳細を見る


微妙。

ダメ男全開って感じでしょうか。

私もダメ男代表みたいな男ですが、ここに出てくる男はなんともつまらん男ばかりです。

こんな男にはなりたくないと思わされる一冊です。

と、いいつつもここに出てきているような男になってきている今日この頃です。

| 小説 | 20:54 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

「張り込み姫 君たちに明日はない 3」垣根 涼介


張り込み姫 君たちに明日はない 3張り込み姫 君たちに明日はない 3
(2010/01/15)
垣根 涼介

商品詳細を見る


書名にもあるとおり「君たちに明日はない」の第3弾。
アマゾンのレビューにはネタ切れ感があると書いてあったけど、むしろその内容はパワーアップしているような気がする。

4つの物語からなる本書は、それぞれの人達が自分にとって仕事とはどういうものなのかを真剣に考える姿が見える。
日常の忙しさの中では仕事って何だ?なんて考えることなどほとんど無い。

目の前の仕事を「こなす」のに精一杯で、仕事の本質といって良いかわからないがそんなことは置いてきぼりなりがちだ。

私はたぶん変わっているのだろうか、暇なのか、仕事についてよく考える。
真摯に考えるのではなく、上っ面ばかりを見て考えている。

だから、何も結論などでない。不満や甘ったれた不安しか出て来ない。

でも、強制的に辞めさせられそうな状況にいる人たちはきっとそうでは無いのかもしれない。

もちろんフィクションではあるけれど、今の私にとってはとても作り話とは思えないほど共感できた。

4人が皆、真剣に自分にとって仕事とは何なのかを考えている。
どうも表紙の絵と題名が内容を軽そうに見せがちだけど、内容は我々のような年代(20代~30代)にとって、暗中模索していることの道しるべになるような話だと思う。

少なくとも今の私にとっては、心に沁みる内容だった。

主人公のリストラ面接官の村上真介が語った内容を忘れないよう書き留めておきたいと思う。
これは、面接時に仕事の意味について話した内容です。

人から教わって見聞きしても、結局、一番大事なことは、時間をかけて自分で感じ、発見するしかない。



たぶん、後悔のない人生なんて、ありません。でも、その時々の信念や気持ちを信じて行動していけば、後悔はあっても、それでも後を振り返ったときに、納得はできる。



ちなみにこの言葉は非面接者の質問に対して答えた内容であって、自ら発した言葉ではありません。
もしかしたら、こんな言葉は青臭いのかもしれません。

でも青臭い言葉はこの年になってもグッときます。たぶんそういう正確なんでしょうね。

私は辛いことがあると、ずっと逃げてきました。そう思っていました。
でもそれは逃げていたのかもしれませんが、次へのステップに繋がったことは確かでした。

逃げていなければ違う人生があったかもしれませんが、現在おかれている状況もそんなに悪いものではないと思っています。むしろ恵まれているとさえ思います。

逃げるということは、その時点で自分で決断していたことです。逃げる決断もけっこう勇気が要りました。
でも勇気をもってした決断は決して無駄では無かったのかなと今さらながら思います。

自分自身で決めたことは、やはり後悔が少ないような気がします。自分で責任が持てますから。

他人によって決められたことは、やはり悔やんでも悔やみきれないものがあるような気がします。

たぶん、この村上真介が言うように、その年齢によって、信念というか考え方って変わってくると思います。より深いモノになるのか、それとも浅はかになっていくのかわかりませんが、その考え方でその時の行動を決めるしかないと思うのです。
それが間違っていようがいまいが。

そうしなければ、身動きが取れなくなるし、真実という甘美な言葉に惑わさせて、ただただ時間だけを浪費していくような気がします。

後悔の無い人生など無いと私も思います。でも、振り返った時に納得できる人生でありたいと思う今日この頃です。

| 小説 | 22:19 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

「白い巨塔」山崎 豊子


新潮文庫「白い巨塔 全5巻セット」新潮文庫「白い巨塔 全5巻セット」
(2003/01/10)
山崎 豊子

商品詳細を見る


大学病院における権力争いの物語。教授選や学術会議会員選において、どんな手を使ってでも当選しよう、そしてその周囲にいる人たちもそれぞれの思惑から、財前を当選させようとする。

昭和38年から昭和43年にかけて書かれた本らしいが、今読んでも決して色あせない内容であると思う。

私は社会人になってから10年くらいは、権力争いなど古典的な考え方は、もう無くなってしまっていると思っていた。
そんな事よりも、お客様のことを第一に考え、いかにして顧客満足度を上げるか、そして内部に留まっている悪しき環境をいかにして改善していくかということしか、考えていなかった。

さらに権力争いなどどこか都会的なイメージがあって、私が住んでいる田舎とはかけ離れている話だと思っていた。

しかし、2年前に初めて部署を異動して、今まで感じたことが無かった雰囲気に気付いた。
ここにも様々な利権をかけての権力争いがあると感じられた。

今まで信念を持って取り組んできたことが、否定されたときもあった。

公平性、正義とは何なのかわからなくなってきた時もあったが、その雰囲気に流されている自分がいる。

自分よりも下(だと勝手に錯覚している)の者には冷たく接し、上の者には必要以上に緊張しながら接している。

白い巨塔に出てくる里見助教授はいつまでも純粋な気持ちで仕事に取り組んでいる姿には、自分もこうあるべきなのであろうと思うが、現実はなかなか厳しい。

白い巨塔は2部構成になっており、当初は1部で終わったのだが、あまりにもその終わり方に反響があったために、2年後に2部が刊行されたらしい。

1部の終わり方は、文庫本で言うと3巻になるのだが、誤診で訴えられた財前が様々な金と権力をちらつかせて原告敗訴をもぎとった格好で終わっている。

確かにフィクションとは言え、後味の悪い終わり方だったと思う。

そして、2年後に出版された2部ではその控訴審が書かれており、1部とは違った結末になっている。

まぁ、フィクションなので、最後は「終わり」にする必要があったのだろうが、現実には終わりがまだまだ先の場合もある。(フィクションでも終わりにしない場合も多々あると思うが...)

たぶん、まだまだこの世には利権争いがあるのだろう。私はそんな面倒くさい世界には足を踏み入れたくない。しかし、社会に出れば大なり小なり利権に絡む様々なことがあるのだろう。

純粋に適任者がそのポジションに付けば良いと思う一方、現実的にはそんな世界は無いのかもしれない。

真っ白な布は、簡単に真っ黒に染まりやすい。私はどちらかというと、ビジネス書を読み過ぎて、性善説的な考え方を持っていたと思う。だから、真っ黒にも染まりやすかったのかもしれない。

もともと競争が好きだったし、どんなことにも負けるのは絶対に嫌だった。戦いを挑んだのなら、勝つまで絶対に諦めたくなかった。

そんな性格の人は簡単に染まってしまうのかもしれない。そして、いつか超えてはならない一線を超えてしまうのだろう。

一度その色に染まってしまうと、引き返すのは非常に困難になる。もはやアリ地獄のようにどんどん吸いこまれていくしかない。

白い巨塔の内容は現在の社会でも脈々と引き続き行われていると思う。

| 小説 | 12:36 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

同僚のご懐妊について

先日、同僚がご懐妊したことの報告を受けました。

それとなく、匂わせていたことだったので、「やっぱり」という感じでした。

おめでたいことですよね。しかも、3人目。

授かるところは、授かるのだなという印象です。

でも、正直なところ何とも言えない気持ちになりました。

この何とも言えない気持ちが何なのかわかりません。

ご懐妊した同僚が産休に入れば、間違いなく私に仕事が回ってきます。係員は実質2名しかおらず、その1名が産休となれば、その仕事は必然的に私に来ることになるでしょう。

一瞬、そんなことが頭をよぎりましたが、別にそんなことは一時であって、さほど大きな問題ではありません。

じゃぁ、何が素直に喜べないところなのか?

そもそもにして、他人の出産に興味が無いということもあると思います。多くの男の人がそうだと私は勝手に思っているのですが、人の家の子供に興味が無いと思います。

年賀状に写真が載っていても、私はまず見ません。ましてや名前など読む気がしません。誰から来てるのかという確認しかしません。

昨年までは一応気を使って年賀状を頂いた方には、返すようにしていたのですが、それさえ今年からは辞めました。
自分が出したい人にだけ出す、それでいいやと思うようになりました。

そんな自己中心的な私にとって同僚のご懐妊は比較的どうでもいい話だったのかもしれません。無関心なことに何を感じないのは普通のことなんでしょう。

まぁ、多少慣れた同僚がいなくなるというのは、仕事を進める上で面倒くさいことですが、まぁそれでも仕方ないと諦めるにほかありません。

そういえばその同僚は、夫婦仲について子供がいなかったら離婚していたとか、1週間以上口を聞いていないとか、愚痴るときがあったのですが、どうもそれは単なる愚痴だったようです。

生まれてくる新たな生命にお願いしておこうと思います。
私はあなたが生まれてくる時に、お母さんの分まで一生懸命働いたのだよ。だから、俺の老後の面倒はきちんと君らが頑張ってみてくれよ。

| 雑記 | 13:32 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

2012年03月 | ARCHIVE-SELECT | 2012年05月

    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。