ブログDE読書日記

ブログで自己啓発・ビジネス・資産運用・IT関連本のレビュー(感想)を紹介します。と、最初は思っていたのですがビジネス書以外についても書きます。っていうか、いわゆる日記ですね。

2011年07月 | ARCHIVE-SELECT | 2011年09月

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誓約書

AID(非配偶者間人工授精)という選択をして、2回目の病院に行ってきました。

AIDという治療を受けることの誓約書を提出しました。

私はAIDという治療をします。正確には嫁さんにしてもらいます。

嫁さんは妊娠に関して何ら問題なく、子供を授かることができる体なので、私以外の人と結婚していれば100分の99の確率で不妊治療をすることなく、子供を授かっていたと思われます。

私と結婚したがために、肉体的にも精神的にも辛い治療を受けることになったわけです。

不妊以外でも辛い思いをさせてきました。

それでも結婚生活を続けていてくれる…申し訳ないです。

本当に申し訳ないです。

不安なことが沢山あり過ぎます。

AIDで子供を授かる可能性は1回あたり3~4%との説明を受けました。

あまりにも低い確率に愕然としました。

また、もし運よく子供を授かったとしても、告知の問題があります。

今回のカウンセリングでは告知が主な話題だったのですが、私は前回の記事で書いたとおり、告知すべきかどうか迷っている状況です。

ただ、生まれてきた子供がAIDという治療によって自分が生まれたことを知ったら、間違いなく動揺すると思います。

その子が幸せになれるのかどうか・・・それは周囲の考え方、サポートによるのだとは思いますが、不安であることは間違いありません。

そんな不安だらけではありますが、AIDを受けることの誓約書を提出しました。


最近、思ったことがあったので、備忘録代わりに書いておこうと思います。
私は不妊治療を第一に考えたくありません。
これまでもそうでした。正直あまり深く考えたことがありません。

確かに、時には絶望してしまうほど、落ち込んでしまうときもありますが、それは一瞬です。すぐに復活します。
それはあまり深く不妊のことを考えていないからだと思います。

子供はかわいいです。特に自分と近親である子供(姪とか)は、何されてもかわいいと思います。
だから、子供は欲しいと思います。良いことばかりではないでしょうが、子供がいる人生を送りたいと強く思います。
だからといって、不妊治療のことばかり考えていても、子供を授かれるわけではないと思います。

私が思うに、あくまでも夫婦二人だけでも生活していこうという気持ちがなければ、不妊治療が長くなれば辛くなってしまうような気がします。

よく言われることで、不妊治療をしていると、子供を授かることがゴールになってしまい、生まれてからが上手くいかないと言われます。本当は子供が生まれてからがスタートなのですが、妊娠することだけに着目し、努力してしまうために、そこで息切れしてしまうのかなぁと思います。

でも、その気持ち痛いほどわかります。

子供は?とよく聞かれます。子供がいる人にとっては、その質問に悪意は全く無いと思います。でも最近、私はその質問をされるたびに心臓がドキドキします。

いい年をして子供がいないということは、普通ではないことなのではないか?と思ってしまいます。
別に普通でなくてもよいと常々思っているのですが、なぜか質問されるたびにドキドキしてしまいます。

だから子供がいないことによって精神的に追い込まれる気持ちがわかります。
子供さえできれば・・・そう考えることもあります。

しかし、努力すれば必ず授かるものでもないので、一生懸命頑張りつつも、どこか自分を客観視する必要があると思います。そうしないと、私は潰れてしまいそうで恐いのです。

AIDという治療そのものに私のでる幕はありません。だから、頑張るのは治療を受ける嫁さんです。もちろん私も精一杯サポートしていこうと思っています。

治療に向かう気持ちに温度差があると、必ずケンカになると思われるので、自分の気持ちを頻繁に伝えたいと思います。

第1回目の治療は11月頃ということでしたので、それまでは不妊治療の事を勉強しつつ、それ以外の事にも目を向けてバランスの良い生活をしていこうと思います。

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| AID | 12:47 | comments:8 | trackbacks:0 | TOP↑

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光と影

ありふれた言葉ですが、
影があるからこそ光が輝いてみえるのかもしれません。

不幸と感じることがあるから、
幸せを感じることができるのかもしれません。

幸せとは、比較するものではなく、
絶対的なものかもしれません。
「足るを知る」という言葉があるように、
何とも比較すること無く、
今ある姿で幸せなのかもしれません。

しかし、凡人である私はいつもそう思うのは難しいです。

私は影があるから光が輝いて見えると思うと、
何だか気持ちが楽になります。

人生は山あり谷ありだからこそ魅力的なのかもしれません。

言葉を知らないということは、
自分が何とも言えない感情になった時に
表現できません。

表現できないところか、
自分でもどういう感情なのかわからないと思います。

私はそういう感覚が何回もあります。
それは語彙が少ないからだと思っています。

「言葉を知る」ということは、
自分を知るということだとも思います。

「言葉を知る」ためには読書が良いような気がします。

自分を知るために読書をしているのかもしれません。

| ふと思ったこと | 08:20 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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手紙&新参者


手紙 スタンダード版 [DVD]手紙 スタンダード版 [DVD]
(2007/04/27)
山田孝之、玉山鉄二 他

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新参者 DVD-BOX新参者 DVD-BOX
(2010/10/06)
阿部 寛、黒木メイサ 他

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手紙と新参者のDVDを見ました。

手紙は面白くなかったです。
新参者は面白かったです。

原作が面白いと思ってしまうと、それを映像化したものを見て面白いと思うのはすごくハードルが高いと思います。
だから「手紙」が面白くなかったのは仕方がないと思います。
沢尻エリカがかわいかった。
男って美人だけど、我を持っていなくて、謙虚で、つつましい女性を好む傾向があるのだろうか?とふと思ってしまう。
はっちゃけた沢尻エリカ(2011年現在)は魅力が半減したと感じます。強くなりすぎと感じるのかもしれません。
女の人は年齢を重ねるごとに強くなっていきますよね。
強くならないと生きていけないのかもしれませんが、男は弱々しい女性が好きなのかなと思います。
男全員が必ずそうだとは言えませんが、そういう傾向があるのかなと感じます。

新参者については原作がとても面白かったにも関わらず、映像化されたドラマもすごく面白かったです。
主演の阿部寛がいい味だしているのかもしれません。若干、トリックを彷彿させます。

原作には無かった話がところどころに出てくるので、「おっ、ここが原作と違うな」なんて思いながら見ると、また面白いと思います。




| DVD | 08:29 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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カッコウの卵は誰のもの(東野圭吾)


カッコウの卵は誰のものカッコウの卵は誰のもの
(2010/01/20)
東野 圭吾

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自分の娘と実は血が繋がっていないのではないかと父の葛藤を描く一冊です。
何だか旬な話題だなと思い読んでみました。

正直あまり面白くありませんでした。
珍しくアマゾンのレビューと同じ感じでした。

新参者はすごく面白かったです。
でも、この「カッコウの卵は誰のもの」は面白くありませんでした。

その違いは何か?

登場人物に共感できるかどうか、でしょうか?
う~ん、わかりません。

自分のなかで「面白い」or「面白くない」はどうやって決まってくるのか不思議です。

| 小説 | 12:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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新参者(東野圭吾)


新参者新参者
(2009/09/18)
東野 圭吾

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東野圭吾と言えば的な本だと私は思っています。
ドラマが人気だったような気もしますから、名前も知っていました。

加賀恭一郎=阿部寛というイメージが出来上がってしまっています。

でも、ドラマは見たことがありません・・・


で、この新参者ですが、最高に面白いです。

この人形町という舞台設定も最高です。人情味あふれる人々の姿が目に浮かびます。

こんな本を読めることがすごく幸せだなと思います。

「優しさとは何か?」を教えてくれる一冊だったと思います。
でも、人間は弱い生き物でもあります。
わかっていてもなかなか出来ないこと、いろいろあります。

それでもやっぱり折に触れて考えることって大切だと思うのです。

| 小説 | 23:08 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ドル格付け格下げに伴う世界同時株安

世界同時株安が進んでいます。
原因は様々あるのかと思いますが、ドルの信用が怪しくなってきたというのが事の発端でしょうか?

日本に関しては、円高が進み政府介入もあったのですが、そのかいも虚しく未だに円高が進んでいます。

平成23年8月11日AM8:09現在で1ドル=76.69円となっています。

1年前の8月の終値は1ドル=84.16円だったようです。

私は5年前に初めて海外旅行に行ったのですが、その時は1ドル=120円台だったような気がします。

そうすると
・5年前 10万円 → 833ドル
・今   10万円 → 1303ドル

その差470ドル、率にして64%もアップしています!
まぁ、それはしょうがないとして、ここは投資のチャンスではないかと思うのです。

私は毎月自動で積立てをするように設定しています。
したがって毎月同じ日に積立てをしています。

悪い癖だと思うのですが、私が積立てる日はいつもその月内でも高い日のような気がしてならならいのです(笑)

だから、今月は思い切って(自分的には…)、積立て以外の日に購入してみることにしました。

購入した投資信託は以下の3本です。
・CMAM 日本株式インデックスe
・CMAM 外国株式インデックスe
・eMAXIS 新興国株式インデックス

<参考データ(H23.8.10)>
・日経平均株価 9,038.74円
・TOPIX 776.73
・NYダウ 10,719.94ドル

| 資産運用中 | 08:33 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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AID(非配偶者間人工授精)という選択肢

私は選択をしなければなりません。
今後、どう生きていくかをです。

私は種を持っていません。
したがって、何かをしなければ子供を授かることはありません。

子供を授からないという選択肢もあります。

でも、私は子供を授かりたいという選択肢を選びました。

これは私の「エゴ」です。

子供を授かるにはどうしたら良いのか?

考えてみたところ3つの方法があると思います。

①養子縁組
②AID(非配偶者間人工授精)
③子持ちの方との再婚

他にもあるでしょうか?私が考えたところ3つでした。

3つの中でも私は②を選択しようとしています。

AIDという治療で生まれた子供は1万人ほどいるそうです。

AIDという選択は親のエゴだと私は思います。
AIDで生まれた子供はきっと苦しむと思います。

なぜわざわざ苦しむのにその選択をするのか?
やはり、それは親のエゴだとしか思えません。

そして、そのエゴの気持ちがわかるから私もAIDという選択肢を選ぼうとしています。
というより、実際少しずつ前に進んでいます。

先日、TESEを受けた病院からAIDができる病院への紹介状を書いてもらい、その足でその病院へと行ってきました。

不妊カウンセラーからの説明によれば、以前までは生まれてきた子供に、AIDで生まれたことは告知しないというのがスタンダードだったようですが、最近の流れでは告知すべきではないのかという流れになってきたとのことでした。

子供の出自を知る権利というのが確立されそうであり、近々法律も整備されそうであるとのことでした。

それによれば、子供が15歳になったら精子提供者の情報を調べることができるようになり、また結婚する時には自分と配偶者が近親婚とならないか調べることができる権利が付与されるかもしれないということでした。

「告知」するか、しないかというのが大きなテーマになっていることは間違いないようです。

AIDや養子縁組に数多く携わってきた人の話によれば、告知はするべき、した方がいいようです。

確かに告知しないで、何かの拍子に知った場合のショックは大きいと思います。

正々堂々と何も隠しごとしないで、というのは理想だと思います。
でも、ずっと隠し続けて、苦しい気持ちになるかもしれませんが、それに耐えることも、一つの方法だと思います。

告知を受け入れられる人もいれば、そうでない人だってきっといると思います。

そういう見極めをしたうえで、告知する、しないを決めるのが良さそうとは思いますが、見極めなどいつ誰ができるのだろうという疑問もあります。

やっぱりいろいろ考えると、AIDは親のエゴでしかないなと思うのです。
それでもAIDをしたいとなれば、AIDは親のエゴのうえに成り立っている治療であると認識するところから出発する
必要があると思うのです。

| AID | 12:58 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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手紙(東野圭吾)


手紙 (文春文庫)手紙 (文春文庫)
(2006/10)
東野 圭吾

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東野圭吾氏ってミステリー作家じゃないんだ、と思わされる一冊でした。

犯罪者の兄を持つ男の物語です。

犯罪を犯すということは、自分だけでなく、自分の家族、親戚、また被害者の家族などなど様々な人々に影響を与えることになるのだと再認識させられました。

直貴(主人公)は、兄が犯罪者であるということで、夢や恋、仕事などを奪われていきます。これらを奪うのは人間です。理不尽だなと思いつつ、そういう流れって断ち切ることは不可能だとも思います。

自分だってどう思うかわかりません。

直貴は経験から兄が犯罪者であることを抹消することにしたのですが、結婚してからは妻の意向もあり、積極的に隠すことはしなくなります。
しかし、やはり上手くいかなくなります。妻が仲間外れにされ、子供がシカトされるようになり、兄の影響は直貴以外のところにも生じてくるようになりました。

最終的には兄の存在を抹消して生きていく道を選択するのですが、確かにこの方法が現実的なのかもしれません。

私の近所にも犯罪を犯してしまった方の実家があったのですが、家族全員引っ越して行った記憶があります。

一度失ってしまうと、二度とは戻らないもの・・・失うのは簡単なのですけどね・・・いろいろあるような気がします。

| 小説 | 08:25 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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不機嫌な果実(林真理子)


不機嫌な果実 (文春文庫)不機嫌な果実 (文春文庫)
(2001/01)
林 真理子

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単行本の方は1996年10月に出版されたようです。(画像は小説です。)
かれこれ15年も前の本ですが、内容の本質的な部分は何ら変わっていないと思います。

男と女の事は一生の問題だとカウンセラーが以前言っていました。

何歳になっても男女問題で悩むのだろうと言っていました。

結婚というものは、もっと神聖なものだと思っていました。神聖なものとするのかどうかは全くもって自分次第だと思うのですが、実は結婚したからといって、結婚前と何か変わるかと言ったら、特に何も変わらないと思います。

変わろうとしなければ何も変わらないような気がします。

結婚生活を継続していくには、男女ともに努力が必要だと思います。私は結婚生活って修行のように感じます。
ビジネス書で学んだことなど、妻に対しては全く役に立たないばかりか、逆に反感すら買ってしまう場合があるような気がします。

外ではやはり「大人」ですから、多少なりとも気を使って、社会生活をしています。しかし、家の中ではいつの間にか全く気を使わなかったりします。いや、気を使う時もあるのですが、そんなレベルでは全然納得しないのです。

結婚生活を上手く継続していくには、やはりお互いが継続していく意識を持って、努力していかなければならないと思うのです。

主人公の麻也子と私は似ているところがあると思いました。
どんな生活でも日常になってしまうと、つまらなく思ってしまい、いつも隣の芝生が青く見えてしまうのです。

いつのまにか思考が180度変わっていたことに気付きました。
10年前くらいは自分って何て面白いのだろう、私と私の周りにいる人はその他にいる人たちよりもずっと楽しい一時を過ごしている、過ごさせていると思っていました。大げさに言えば、いつも自分が中心にいると思っていました。そんな雰囲気も持っていたような気がします。

でも、ここ5年くらいでしょうか。私は誰よりもツマラナイ男になってしまいました。私と私の周りにいる人はその他の人よりもずっと楽しくないと思います。

なぜ、こうなってしまったのか...


麻也子が不倫に走ってしまった一因として、夫のテイタラクがあったと思いました。夫は妻をもっと「積極的」に愛さなければならないと思うのです。(思うだけであって、自分はまったくもってできていません…)

麻也子が不倫してしまうのは当然の出来事だと考えたのですが、物語の後半を読んで実は麻也子の性格?に問題があったことがわかりました。

要は秘密の恋だからこそ面白かったり、恋愛初期は誰だって相手の魅力的な部分しか見えないからこの人が運命の人だと思ってしまいがちなのかもしれません。

麻也子は10年後、20年後どうなっているのだろうか?
その気持ちはきっと穏やかでは無いような気がします。

幸せって人それぞれだと思うのですが、麻也子にとっての幸せは夫婦二人で末永く暮らすことではないようです。
これは矯正することってできるのでしょうか?

そういう人は次々と相手を変えていかなければ幸せを感じることはできないのでしょうか?
次々と相手を変えることができないときも来ると思いますが、その時麻也子はどう思うのだろうか…

【印象に残った一節】
「自分だけが損をしている」
「わがままで嫉妬深い恋人は、そのままわがままで嫉妬深い夫となった」
「私、二回結婚してやっとわかった。男の人ってそんなに違わないもんだって」
「最初楽しくてもいつだってすぐにつまらなくなってしまう。いつもこんな繰り返しなの」

| 小説 | 12:53 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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禁煙生活【2回目・5ヶ月目突入!】

禁煙した効果には「食事がおいしくなった」「息切れが少なくなった」「体調が良くなった」「匂いに敏感になった」など様々あると思いますが、今のところ私はただ一つを除いては何ら禁煙前と変わりません。

変わったのは体重です。

先日受診した健康診断では1年前と比較して4キロ増でした。禁煙したのが4月からなので、1ヵ月1キロペースで増加しています。

それから復位も6センチ増となりました。どうりで去年の夏服のスラックスが入らない訳です。男性のスラックスの際時は3センチ刻みのようですので、私は2サイズもアップしていました。

1回目の禁煙も同じ傾向がありました。でも、1回目の禁煙の時はご飯がすごくおいしくて、禁煙前よりも確実に食べている量が増えていました。間食もバクバクしていました。

したがって、体重が増えるのは当然だったと思います。
(ちなみに1回目の禁煙は半年程度で失敗したのですが、失敗してからしばらくしたら体重も元も戻ってました(笑))

しかし、2回目の禁煙では食欲は増えないし、特に食べる量も変わっていないと思うのです。それなのに、どんどん太っていくのです。これは恐怖ですww食べないのに太っていく病気というのを「アンビリバボー」で見たことがあるような気がします。自分もそれと同じなのでは・・・

たぶん、それは無いと思うのですが、私の仮説として・・・
禁煙することによって、栄養素の吸収効率が格段に上がったのでは無いかと思うのです。少し食べただけでも、ぐんぐん栄養を吸収する。エコと言えば、エコですかね。

座って前かがみになると、おなかが苦しい今日この頃です。このままお腹ポッコリになるのが嫌なので、今日から私はダイエッターになります(=`(∞)´=)ブヒィ

| 雑記 | 08:22 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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悪意(東野圭吾)


悪意 (講談社文庫)悪意 (講談社文庫)
(2001/01/17)
東野 圭吾

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東野圭吾氏のミステリーを久々に読んだので、パターンを忘れていました。
そういえばいつも最初に人が死ぬのでした。

そして今回は意外な人物(私にとっては)が、あっさり逮捕され、しかも謎だった部分=動機について、徐々にですがテンポよく明かされていくのに対し、残ページがけっこうあったので、どうやってその残ページを消化するのか不思議でした。

この感覚は「麒麟の翼」を読んだ時も感じたような気がします。

どうやってこのトリックを思いつくのかが不思議です。これも訓練なのでしょうか?

この本から読み取れる「悪意とは」なんぞやと考えてみたのですが、私は悪意とは理不尽なものだと思いました。

悪意を向けられる方は運が悪かったとしか言いようがありません。理不尽だけどそれが現実ということは、おうおうにしてあります。

最近は理不尽だなぁと思うことが沢山あった、いやむしろ常にそう思っていたかもしれません。でもそういう時ってたいがい変な方向に自分が進んでいることが多いと何かで読みました。

確かにそうかもしれません。私は間違いなく間違った方向に進んでいたと思います。

私はどちらかというと「運」というものを信じていません。というか、運で左右されることにチャレンジすることが嫌いです。でも運勢を見てもらうとか占いとかは好きですww

運命という言葉も嫌いです。全てが決まっていると考えると何のために生きているのかわからなくなりそうだからです。努力する必要性がわからなくなりそうです。

松下幸之助さんが「上手くいくかどうかは5%が努力で95%が運」と言っていたような気がします。この言葉は好きです。何かそんな感じがするからです。しっくりくる言葉だと私は思います。

話が変な方向に行ってしまいましたが、子供のときに受けた影響って、大人になってからも知らず知らずのうちに影響を与えてるということを再認識した一冊でした。

夏休みということで、小学校の頃に書いた絵日記の最後と同じことをここで言わせていただきます。

すごく面白かったです。

| 小説 | 22:18 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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自分らしさ

昨日友人の結婚式がありました。
久々の結婚式で何だかホロっとさせられました。
初心忘れるべからずって言うのでしょうか・・・

同じテーブルには友人グループが座っていたのですが、私が知らない友人もいました。
結婚した彼は転勤がある職場のため転々とした生活をしております。
私が知らなかった友人はその転々とした先でできた友人だったそうです。

しかも、その友人は私と同じような職場でした。
年齢は私もよりも1歳年下でした。

そんな彼から何だか忘れかけていたものを教えてもらった気がしました。

ずっと自分らしさを忘れていました。

私の自分らしさは自分らしいとこを全開に出して行くことだったような気がします。

それがいつのまにか縮こまって、誰かの目ばかり気にして、自分らしい行動がとれていなかったような気がします。
またに度を越して、痛い目を見るとともありますが、それもまた自分らしさだったと思っています。
失敗した時もあったけど、その経験を生かせばよいのであって、自分の良さを消してしまうことは無いと思うのです。

私が思うにおそらく人がどう思うかなど自分ではどうしようも無いと思っています。こう思ってほしいと思って行動、または発言したとしても、相手がどうとらえるかはわからないと思うのです。
だからといって思いやりが必要ないということでは無いと思っています。相手の事を思ってする行動ってすごく尊いものだと思います。

自分でも理路整然と説明できませんが、自分自身が負のオーラ全開だったら、そんな人が誰かのために役立つことがあるのでしょうか?

いや無いとはいいきれません。私が思うに幸、不幸って比較してしまうときって、おうおうにしてあると思うのです。だから、不幸な人が自分よりも不幸な人を見つければ安堵してしまうことってあると思うのです。だから負のオーラ全開でも役に立つ時があるときがあると思うのです。

逆に誰かのためにという行動がその人を変えるということもありえると思います。そんな話を「夜回り先生」で見た記憶があります。

でも「私の場合」は、やはり自分自身に自信が無いとどうしても誰かのために行動することができないのです。
自信が無くなって、余裕が無くなっていくと、すごく嫌な人間になってくるのです。

そんな一番なりたくなかった人間に私は最近なってしまっていました。

今日はそんな自分におさらばします。

さよなら、嫌な自分。

今から忘れていた「自分らしさ」を思い出して生きて行きます。

きっとまた自分らしい自分に戻れるはず。

自分らしさを思い出すきっかけをくれたK君、ありがとう。

私の場合やっぱり、人を動かすのは人だと思います。
書物では得られることができないものだと思います。


| ふと思ったこと | 21:28 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

2011年07月 | ARCHIVE-SELECT | 2011年09月

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