ブログDE読書日記

ブログで自己啓発・ビジネス・資産運用・IT関連本のレビュー(感想)を紹介します。と、最初は思っていたのですがビジネス書以外についても書きます。っていうか、いわゆる日記ですね。

2010年10月 | ARCHIVE-SELECT | 2010年12月

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祖母の状況と自分の気持ち

父の初七日も終わり、少しずつ落ち着いてきたところに、以前からわかっていたことだが、祖母の主治医から報告を受けた。

それは、祖母に残された時間が2~3週間程度ということだ。

祖母は平成22年5月22日に胃ガンのステージⅣと診断され、その時点で余命6ヶ月と言われた(本人には知らせていない)。

今月がその6ヶ月目だ。

祖母は今、緩和ケア病棟に入院している。確かに一般病棟より「良い」施設だと思う。キレイだし、個室も広いし、基本的には何でもして良いらしい。

ただ寝たきりになってしまった祖母に「何でもして良い」は無意味だ。緩和ケア病棟にはずら~っと病室が並んでいるのだけれど(どこの病棟も同じか・・・)、それぞれの人が終末期を過ごしているかと思うと、何とも言えない気持ちになってくる。

入口はドア(引き戸)もあるのだけれど、カーテンだけしている部屋も多いので、中の様子がチラッと見えたりする。寝ている人や起きて新聞を見ている人など様々いるようだった。

私の祖母の部屋はいつも賑やかだ。家族、親戚、友人が次々と訪れる。お見舞い(面会)者が多すぎて、祖母が疲れると感じるときもあるくらいだ。

父の時は、父が家族以外の面会を嫌っていたので、病室は比較的静かだった。祖母の部屋は正反対でいつも誰かがいる。

それぞれの人生を見ているように感じる時もある。

私自身、今の状況をよく理解していない・・・というか、この気持ちが「実感がわかない」ということなのだろうか。

すごく悲観的になっている訳でもなく、すごく冷静な自分がいる。落ち込んでいるという訳でも無いような気がする。父の時もそうだった。すごく忙しく思いにふけっている暇などなかったからかもしれない。徐々に実感が沸いてくるのかもしれない。

とにかく今は祖母に苦しい思いをさせたくないというのと、望んでいることを少しでも叶えてあげられたらということと、母をできるだけサポートしてあげたいという気持ちでいっぱいである。

いつ何が起きてもおかしくない状況であると思う。明日、意識がなくなる可能性だってある。自分自身、後悔しないように出来る限りのことをして、その気持ちが祖母を苦しめないようにバランスをとりながら、これから過ごして行こうと思う。
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| 祖母のこと | 22:06 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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別れ

平成22年11月8日午前に母から電話が来ました。
父の容態が悪化したため、すぐに病院に来てほしいということでした。
すぐさま病院に駆け付け、看護師の説明を聞くと意識はあるが心拍数、血圧が降下しているということでした。

家族全員でいきなり会いに行くと、不安を与えてしまうと思い、私はとりあえず職場に戻ることにしました。
その時は「今すぐどうかなる」という状況では無いと思っていました。

ところが職場に戻る途中で再び連絡が入り、さらに容態が悪化したということでした。
大至急、病院に戻り、父に会いに行くと既に酸素マスクを付けた状態でした。

話しかけると、「うん」とうなずいてくれました。

それから徐々に呼吸の感覚が長くなり、平成22年11月8日午後4時4分に父は息を引き取りました。

そして、バタバタとお通夜、火葬、葬儀そして諸手続きと、悲しんでいる暇も無くあっという間に1週間が過ぎて行きました。

父は平成20年5月に「大腸ガン」を患い、手術を行った後、抗がん剤治療を続けてきました。体力的にも精神的にも辛く、不安な気持ちに押し潰されそうな日もあったと思いますが、常に前向きな気持ちで治療に専念していました。
また、最後まで自分の事は自分で何でもやる父でした。
それは、家族に負担をかけたくないという父の優しさだったのだろうと思います。

父が亡くなり、父と親交があった方々から様々な話を聞いたり、そして自分自身で様々な事を考えました。

自分自身後悔はなかった?と考えると・・・
父とは病気になる前には面と向かって何か話したということはあまり無かったような気がします。どこの家庭でも同じようなものなのかもしれませんが、父が元気な時にもっと話をしておけば良かったような気がします。
もっと精一杯、父と向き合えば良かったような気もします。
それでも、病気になってから2年6ヶ月間はいろんな話をしてきたよう気がします。
父がどのような生涯を送ってきたか少しだけ分かったような気もします。
また、終末期には今まで簡単に出来たことが出来なくなり、イライラしていたせいか、私もどう対応してよいかわからず、素っ気ない対応をしてしまったかもしれません。
あまりに気を使いすぎるというのも、自分の中で「よろしくない」と思っていたので、逆に普通にしようとしていた感もありました。

また、最後の最後まで心配をかけてしまったことを後悔しています。自分自身が責任ある大人になりきれず、大変心配をかけてしまったと思っています。

まだまだ語りつくせぬ思いがありますが、今日は疲れてしまったのでまた後日書きたいと思います。

また、祖母の病状も心配です。ほとんど食べることができない状況のうえ、点滴も拒否しているため、心配でなりません。
祖母は平成22年10月11日に緩和ケア病棟へと移動しました。腰の圧迫骨折はまだ完治していませんが、外科の医師と緩和ケアの医師が協議した結果、緩和ケア病棟へと移動することになりました。
その協議内容がどういうものであったかまだ聞いていませんし、血液検査などは一切していないため、病状がどうなっているのかわかりませんが、移動する時期なのかもしれません。

祖母の意志を最大限尊重できる環境作りに、私は最大限の努力をしようと思います。

| 父のこと | 22:31 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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