ブログDE読書日記

ブログで自己啓発・ビジネス・資産運用・IT関連本のレビュー(感想)を紹介します。と、最初は思っていたのですがビジネス書以外についても書きます。っていうか、いわゆる日記ですね。

| PAGE-SELECT |

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

ありがとう

平成22年11月29日(月)午前8時30分に母から電話が来た。
「祖母がそろそろ逝きそうだ」ということだった。

最近、父の件でも祖母の件でもそういった電話は来ていたので、比較的冷静な気持ちで身支度を整え、病院へと向かった。

祖母の姿を見ると、いつもと変わらない様子だった。医師は1日~2日だろうということだった。
祖母に声を掛けると、「うん」とか「あ~」とか返事をした。

意識はまだあるようなので、少しだけ安心した。
もっとも祖母は、できるだけ早く逝きたいと病気になってからよく言っていたので、祖母本人としてはさっさと逝きたいという気持ちだったかもしれないけど…

祖母の妹や親戚などが来て、何だかんだしている内にお昼になり、休憩室で弁当を食べ、祖母の病室に戻った。今思うと、少しだけ呼吸が浅くなっているような気もする。

看護師が来て、検温したり体を拭くということで、病室の外に出て少したったときに、看護師が祖母の異変に気付いたらしく家族を呼びに来た。

病室へと戻ると、祖母の呼吸は今にも止まりそうだった。そして、数分後の平成22年11月29日午後3時12分に祖母は天国へと旅立って行った。

1ヶ月の内に二人の死に立ち会った。

父の時は、家族が死ぬということが23年振りということと、初めて死に立ち会ったということで、涙がボロボロでてきた。父の場合はまだ若かったこともあり、まだまだやりたいことがあっただろうと思うと涙がボロボロでてきた。

祖母の場合は、なぜか涙が出て来なかった。私の両親は共働きだったため、私は祖母に育ててもらったといっても過言ではないくらい、祖母にはお世話になった。
なのに涙が出て来なかった。

悲しくなかったわけではない。祖母だって90歳まで後5年くらいは生きたかったと言っていたので、まだやりたいことは多少なりともあったのだろう。

ただ全体的に祖母は、人生に悔いなしという感じだったと思う。天国に行けば優しい祖父も待っているということもあり、死に対する恐怖も少なかったのではないだろうかと思う。

祖母が無くなる時、不思議な現象を目の当たりにした。祖母は髪の毛が真っ白だったのだが、亡くなる数日前から黒い髪の毛が生えてきていた。眉毛も黒くなっていた。また、父も髪の毛は真っ白で、抗がん剤治療のためにほぼ髪が無くなっていたのだが、亡くなる数日前から黒い髪の毛が生えてきていた。

和尚さんが言っていたのだが、亡くなる時にはそういった現象が起きることがあるらしい。この世に対して「うらみ、つらみ、ねたみ」などが無く、穏やかな気持ちになれる人は亡くなる前にそういった現象が起きるらしい。そういう人は極楽に行けるということらしい。

祖母の場合は黒髪の他にも、顔のしわが無くなり、つやつや言っていた。不謹慎だけど、祖母の死に顔はとても可愛いらしかった。
亡くなる2ヶ月前からほとんど食事ができず、2週間前にはほぼ絶食状態になっており、点滴も何もしていない祖母の栄養状況はかなり悪かったはずだ。それなのに肌がつやつやになるとは、不思議なものだ。

きっと祖母は極楽に行ったのだろう。

病室で涙はでなかったけど、葬儀の節々、入棺や出棺、火葬、葬儀で流した祖母のDVDを見た時などは涙が溢れてきた。

祖母の遺影を見るたびに優しい祖母のことを思い出す。

「孫は目に入れても痛くない」と言われるが、祖母もきっと私のことがそうだったのだと思う。そう思うくらい沢山優しくしてもらった。

私もそんな優しい祖母が大好きだった。おばあちゃん子とはまさしく私にぴったりな言葉だと自分で思ったりする。

こんなに話をする祖母と孫がいるだろうかというくらい、祖母とは話をした。いっぱいいっぱい話をしたから、私自身、後悔も少なかったのかもしれない。もちろんもっとしておきたかったことはあったけど、それでも自分なりに祖母孝行できたのかなと思う。

葬儀が終わって一段落し、祖母の年金手続きのために祖母のタンスを漁っていると、私と姉の結婚式の席次表がでてきた。その裏表紙に祖母の日記が綴ってあった。

孫たちの結婚をすごく喜んでいる祖母の日記だった。その祖母の気持ちになかなか応えられない時もあり、自分のふがいなさに涙が込み上げてきた。

もっともっと安心させてあげたかった…

まだまだ実感が湧かない。実家に帰ると祖母が編み物を編んでいそうな気持ちがする。

1ヶ月の間に父と祖母がいなくなってしまった。わかっていた事、いずれ別れが来るとは思っていたとはいえ、何とも言えない気持ちになる。

父が亡くなってからは、祖母のことで忙しかったから、父が亡くなった悲しみを実感している暇などなかった。しかし、祖母が亡くなり、忙しさも半減し、何かと思いでにふける時間もあることだろう。そうなれば悲しさ、寂しさを徐々に実感してくるのだろうか…

残された母のためにこれからは忙しくしていこう。もちろん自分自身の家族のためにも忙しくしていこう。

まずは残された母のために快適に過ごせるように家をリフォームしてあげようと思う。これからは雪も降ってくるし忙しくなりそうだ。


おばあちゃん、今までありがとう。おばあちゃん大好きだよ。天国でおじいちゃんと幸せに・・・
スポンサーサイト

| 祖母のこと | 22:35 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

祖母の状況と自分の気持ち

父の初七日も終わり、少しずつ落ち着いてきたところに、以前からわかっていたことだが、祖母の主治医から報告を受けた。

それは、祖母に残された時間が2~3週間程度ということだ。

祖母は平成22年5月22日に胃ガンのステージⅣと診断され、その時点で余命6ヶ月と言われた(本人には知らせていない)。

今月がその6ヶ月目だ。

祖母は今、緩和ケア病棟に入院している。確かに一般病棟より「良い」施設だと思う。キレイだし、個室も広いし、基本的には何でもして良いらしい。

ただ寝たきりになってしまった祖母に「何でもして良い」は無意味だ。緩和ケア病棟にはずら~っと病室が並んでいるのだけれど(どこの病棟も同じか・・・)、それぞれの人が終末期を過ごしているかと思うと、何とも言えない気持ちになってくる。

入口はドア(引き戸)もあるのだけれど、カーテンだけしている部屋も多いので、中の様子がチラッと見えたりする。寝ている人や起きて新聞を見ている人など様々いるようだった。

私の祖母の部屋はいつも賑やかだ。家族、親戚、友人が次々と訪れる。お見舞い(面会)者が多すぎて、祖母が疲れると感じるときもあるくらいだ。

父の時は、父が家族以外の面会を嫌っていたので、病室は比較的静かだった。祖母の部屋は正反対でいつも誰かがいる。

それぞれの人生を見ているように感じる時もある。

私自身、今の状況をよく理解していない・・・というか、この気持ちが「実感がわかない」ということなのだろうか。

すごく悲観的になっている訳でもなく、すごく冷静な自分がいる。落ち込んでいるという訳でも無いような気がする。父の時もそうだった。すごく忙しく思いにふけっている暇などなかったからかもしれない。徐々に実感が沸いてくるのかもしれない。

とにかく今は祖母に苦しい思いをさせたくないというのと、望んでいることを少しでも叶えてあげられたらということと、母をできるだけサポートしてあげたいという気持ちでいっぱいである。

いつ何が起きてもおかしくない状況であると思う。明日、意識がなくなる可能性だってある。自分自身、後悔しないように出来る限りのことをして、その気持ちが祖母を苦しめないようにバランスをとりながら、これから過ごして行こうと思う。

| 祖母のこと | 22:06 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

祖母が転倒した

昨日(10月26日)に祖母が自宅トイレで転倒した。
午前10時30分頃に母から職場に電話が入り、祖母が動けないため至急来てほしいとのことだった。
何でも祖母が近所の目が気になるために、救急車で運ばれることが嫌なようだった。

急いで自宅へ向かうと、祖母がベットに座っていた。
意外と観念?したらしく、救急車を呼んでほしいとのことだった。

すぐさま119番して、救急車を呼び、近所の総合病院へと向かった。
私が付き添って救急車に乗った(生まれて初めてだった・・・)のだが、意外と祖母の症状が軽そうでパニックにならずに済んだ。

田舎の総合病院のせいか救急外来用の医師がいないらしく、外来の医師がちょっとだけ見に来て、重症で無いことを確認すると、3時間も待たされた。

医師の診断によると、胸椎骨折ということだったが、比較的軽いということで、1~2週間程度の安静と1週間程度のリハビリで済むとのことだった。

ただ、祖母は胃がんのステージⅣであり、すでに体力が相当落ちている状況のため、どの程度まで回復するか、再び日常生活を自力でできるようになるのか心配に思う。

こうなることは十分予想できたと思う。でも何か起きてからでないとなかなか行動できないものだと、改めて実感した。
祖母の退院に備えて、トイレやお風呂に手すりをつけようと思う。

| 祖母のこと | 12:36 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

がん相談支援センターに質問してみた

近所の総合病院にて祖母は治療(今は治療をしておりませんが...)を受けていますが、どうも頼りがいが無いので、隣町の比較的大きな総合病院のがん相談支援センターに相談してみました。

相談内容は主治医に治療しないという方針を薦められたが、他の治療法を試す価値は無いのか?ということです。具体的にはTS-1の標準量投与、TS-1+シスプラチン、腹腔内抗がん剤投与(タキソール)の3点です。

【医師からの回答(要約)】
86歳ステージⅣへの化学療法は提案しません。正直、ガンと闘う余力はない可能性が高いと考えるのが通常です。質問された化学療法のエビデンスはあくまでも体力のある方を前提としたデータであり、今回のケースの場合は、治療によりむしろ苦痛が生じ、寿命が縮むことを危惧します。
したがって、化学療法はお勧めしません。
もちろん、相談には応じますし、他のがんセンターを訪れて相談するのも一つの方法です。



がん相談センターに相談して良かったと思います。インターネットだけの情報だけではわからなかった、現場の意見を聞けたことは意味のあるものだったと思います。

もう少しだけ他のところ(他の病院のセカンドオピニオンやインターネットで質問できる掲示板など)に聞いてみたい気もしますが、少しでも元気なうちに有意義な時間を過ごして欲しいという気もします。

今はどうしたら良いのか、いやむしろ常にどうしたら良いのかわかりません。

徐々に痩せてきているようなので、その点だけでも何とか改善するよう、いろいろ試みてみようと思います。

| 祖母のこと | 21:21 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

最近のガンに関する治療方針あれこれ

祖父がガンになった時・・・かれこれ25年も前のことで昭和60年頃でしょうか、
患者は何も知らなかったような気がします。

例えば、今使っている薬がどのようなものなのか?
どの程度効果があって、その副作用はどの程度なのか?

それから病気の状況、平均的な生存期間など。

でも、最近は少し違うような気がします。

まず、ガンの告知については基本的に患者本人に伝えるような気がします。

父の時も、祖母の時も検査結果を一人で聞きに行って、
どちらとも家族を呼べないか?ということになって、
いや、まずは自分の事だから自分で聞くといって
一番最初に本人が告知を受けたという格好です。

「家族を呼んでください」と言われた時点でほとんど気づくのではないだろうか?

たまたま告知となった感も否めないでもありませんが、その後の治療に関しても何かと説明してくれるような気がします。

今の時代、インターネットで調べれば、たいがいの事を調べることができるので、患者側としても様々な情報を手に入れることができます。

もちろんその情報が正しいかどうかは、よ~く調べてみてあとは自己責任ということになりますが。

まず祖母はガンの告知を受けた後に、治療方針を決めることになりました。
検査の結果は原発は胃で、腹膜にも何ヶ所か転移している状態でした。遠隔移転がある場合はステージⅣです。いわゆる末期です。

腹膜に数ヶ所転移している、そして高齢(大正生まれ)であるということを考慮すると手術はしない方が良い、できない?しても意味がない?ということで、それ以外の方法を提示されました。

担当医的には「何もしない」という選択肢を薦めてきましたが、本人を含めた家族会議の結果、抗がん剤治療をすることを決めました。

TS-1という抗がん剤を標準の半分だけ使用することにしました。

1クール(4週間投与+2週間休み)と2週間の投与の後、血液検査したところ腫瘍マーカー(CEA)が約3倍になっていたということで、現状では抗がん剤は効いていないという結論を得ました。

そこで、今後どうしていくか、また話し合いました。
母は、祖母に「抗がん剤が効いていない」ことを黙っているという選択肢を当初はとりました。

なぜなら、祖母は抗がん剤が効いていて、今のところガンは抑えられていると思っているからだそうです。
そして、それが心の支えになっていると思っているようでした。

しかし、私はそれに反対しました。

なぜなら、祖母はまだまだしっかりしており、自分のことは自分で判断できると思ったからです。また、一つ隠し事をすると、その隠し事をするためにまた隠し事をすることになると思うからです。

母と話し合った結果、祖母に抗がん剤が効いていないことを話すことに決めました。

その後の選択肢は次の2つであると考えました。

1 抗がん剤治療を続ける
(1)TS-1を標準量にする
(2)TS-1+αで試してみる。最近の臨床結果によるとシスプラチンとの併用が胃がんの標準治療になるかもしてれないらしい。

2 何もしない

抗がん剤治療の目的は、といっても祖母の場合というか手術ができないガンに対する抗がん剤治療の目的は「生存期間の延長」だと思います。
ただし、抗ガン剤には副作用もでてくる可能性が非常に高いので、「苦しい期間」も含めての生存期間の延長となる場合が多そうです。もしかしたら、ほとんど副作用も無く、何もしない状態よりも長生きできる可能性もあります。

一方、何もしないということは、生存期間は抗がん剤治療をしないときよりも短いというのが一般的のようです。ただし、抗がん剤治療をするときよりも生活の質を落とさずに生活できる時間は「何もしない」ほうが長いかもしれません。また、抗がん剤の副作用によって命を落としてしまう心配もありません。

いろいろ考えるとやはりこの選択は本人しかできないと思うのです。

本人の選択は、「何もしない」ことでした。大正生まれの人らしい豪快な決断でした。
何の迷いも無く、ただ生きながらえる人生を送りたくはない、生かされている人生など生きている意味がないということで、何もしないという選択をしました。

健康なときには、そんなことも言えるでしょうが、切羽詰まったところでスパッと決断できる祖母を尊敬します。

祖母が祖母らしく生活できる日が一日でも長く続くよう、祖母の胃にあるガンにはできるだけ長い間暴れないでいてほしい。

| 祖母のこと | 22:38 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

自己満足

祖母の胃ガンは腹膜に転移しているため、手術をしても全て取りきれない可能性があるために、手術はせず抗がん剤のみの治療となっています。

医者の話によればあまり芳しくない様子でした。

そうすると、頼ってしまうのはネットです。どこかに何か情報があるのではないかと探してしまいます。

父の時にも同じような事していました。

そして今回気になったのが食事療法でした。
早速、食事療法に書かれた本で人気があるものを探してみたところ、今あるガンが消えていく食事 (ビタミン文庫)という本が人気のようでした。

何でもその有効率は66.3%ということで早速買ってみようと、最近もらった図書券を持って本屋に急ぎました。ところが人気の本のためか売り切れでした。しかたなく実家に帰って今まで買ったガン関連の本でも読もうと思い、ガサゴソしていると何とその今あるガンが消えていく食事 (ビタミン文庫)が本棚にありました。

父がガンになりたての頃、今回の祖母の時と同じように考え買っていたのだろうと思います。そして結局そこに書かれてある食事療法は続かなかったのです。

まぁ、食事療法はけっこう面倒で、また父も抗がん剤治療を受けているためクセのある味は受け付けなくなっており一定のものしか食べれないというのもあり、いつまにか忘れ去られていました。

ただ祖母はまだ抗がん剤治療を始めたばかりのためか比較的何でもよく食べるので、今あるガンが消えていく食事 (ビタミン文庫)に書いてある野菜ジュースを作ってみました。

野菜ジュースは「ミキサー」でなく↓のような「ジューサー」を使って作るのですが、ジュースを作った後にでるカスの掃除が面倒で泣きそうになります。

テスコム ジューサー TJ210-Wテスコム ジューサー TJ210-W
()
テスコム

商品詳細を見る


とりあえず不味くはなかったです。緑黄色野菜が基本となるのですが、リンゴやはちみつ、レモンを入れるとむしろ美味しいと感じます。

しかし、食事療法となるとこの野菜ジュースを一日2リットル飲まなければならないそうです。家族のパターンによればガンになるとガンそのもののためか、抗がん剤治療のためか、もしくは精神的なものか分かりませんが食欲がなくなるようです。

そんな状態で野菜ジュースを一日2リットル飲むのは至難の技でしかも他に食事をとることが難しいと思います。

もちろんネットによれば食事療法は「効かない」さらに言えば「悪影響」とも言われています。
医師によるブログで実体験によるもの(と思われる)は、参考になろうかと思います。
「食事療法の正体」
「食事療法の正体・続き」
「食事療法の正体・続編」
「嗚呼、食事療法」

今あるガンが消えていく食事 (ビタミン文庫)ですが、抗がん剤治療に注目して読むと、食事療法だけでなく抗がん剤治療も併用しての結果のようです。全てでは無いかもしれませんが、少なくとも本に掲載されてる事例を見ると抗がん剤治療も併用しているようです。

したがって、食事療法が効いたのか、抗がん剤治療が効いたのか、はたまた他の「何か」が効いたのかわかりません。

祖母に対する自分のスタンスをよく考えてみました。

私は食事療法を全面的に薦める訳ではありません。もちろん完璧に実践するのは非常に困難だということもあります。私は祖母のために食事療法で薦められている野菜ジュースや料理を作ってあげたいと思っています。それは自分にとっては不味いものではないということと、栄養面で体に悪いということは無さそうだからです。

また、国立がんセンターで紹介しているアメリカでの研究報告でも「野菜や玄米中心の食事」については「効果は未確認だが、重大な害の可能性は低いので、患者が使用を希望する場合には、反対しないでその意思を尊重する」となっているので、効果があることに可能性を見出しても悪くは無いと考えるからです。

そして、一番重要なのは祖母にとって苦痛を与えないことです。食事と言うのは生きることの楽しみの一つでもあると思います。美味しいモノを食べることは生活の質を上げる一つの要素だと考えます。
したがって、祖母が私の作った食事療法の料理や野菜ジュースを食べたくなければそれで良いと思っています。

私の家系はガン家系のようなので、私が作った料理を自分自身で処理すればガン予防になると思いますので。

要は祖母に「これだけしてやっている」と思いたいただの「自己満足」に過ぎません。その自己満足が祖母の生活の質を落とさないように気をつけながら、中途半端な食事療法を参考にして作った料理や野菜ジュースを作ってみたいと思っています。

| 祖母のこと | 22:32 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

やって良かった・・・

祖母に交換日記を渡してから、どうも実家に行きにくかった。
自分の気持ちを伝えたいだけという自己満足に過ぎない行為かもしれないと思って顔を合わせずらかった。

でも、それは杞憂に終わった。
祖母から交換日記が帰ってきた。

祖母も今の気持ちを書いてくれた。

すごくうれしかった。

交換ノートを作って良かった。これからも続けていきたいと思う。


それから最近、というか父が病気になってからふと思うことがある。

家族が病気になれば悲しい。というか心が苦しくなる。
病気のことを考えれば考えるほど苦しくなる。
病気を患っている本人に比べれば、たいした苦しさではないかもしれないが、それでも自分にとっては大事でふとした瞬間に涙が出そうになる。

しかし、私は私の人生を歩いていかなければならないと思う。私がいくら悲しい思いをしても、苦しい思いをしても家族にとっては何の足しにもならない。何の足しにもならないばかりか、そんな暗い私と会うことは家族も決して良い気持にはならないだろう。

家族が病気になってしまったとしても、私は笑って生活をしていけない訳ではない。むしろ、明るく楽しくすべきだ。
もちろん私の手が必要な時には協力をするけど、私の手が必要ない時には、自分の生活をして、楽しい思いをしても良いのではないか。

思い悩んでも何にもならない。悲劇のヒロインぶっていても何の解決にもならない。と思うのです。

だから、笑いもします。バカなことも言います。冗談も言います。
自分が充実しているからこそ、家族にも良い影響を与えることができるはずと思うのです。

| 祖母のこと | 22:28 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

祖母に交換日記を渡してきた

初めは祖母に手紙を書いて、郵送しようと思っていたのですが、1回きりになるのが嫌だったので、何度も気軽に行き来できる交換ノートに今の自分の思いを書いてみました。

そして今日、祖母の机の上に置いてきました。直接渡したかったのですが、祖母はお風呂に入っていたので、やむを得ず机の上に置いてきました。

交換ノートを置いてきた後、すごく不安になりました。今でも不安な気持ちです。自分が思っていることを好き勝手に書いただけなので、やはり自己満足にすぎないのだろうかという思いや、祖母に嫌な思いをさせるのではないかと考えてしまいます。

まあ、でも嫌であればすぐに辞めればいいし、とりあえず様子を見たいと思います。すでに渡してしまったものは仕方ありません。

今日も祖母と話をしました。祖母は夜7回もトイレに起きるそうです。いや、夜に目を覚ますからトイレに行っているのかもしれません。年をとると夜のトイレが近くなるようですが7回は多いと思います。いわゆる頻尿なのでしょう。

体の問題なのか心の問題なのかわかりませんが、とにかく次回病院に行くときに相談してみたいと思います。

それから、祖母の胃には潰瘍があるそうです。だいぶ大きな潰瘍のようですが、本人は痛みは感じないようです。痛いよりは痛くない方がいいのですが、胃の病気の多くは精神的なものから来ると聞いたことがあります。

祖母にいろいろと心配をかけてきて、本当に申し訳なかったと思います。

こういう話は一切しませんが、あえて自分のブログには残しておきたいと思います。今後のためにも。
今思えば、祖母が痩せてきたときに異変に気づくべきでした。なぜなら、父がガンになったときにもう少し早かったらもっと快適に今を過ごすことができたと思うからです。

父は大腸がん患者ですが、もっと早期に発見することができたら、完治も目指すことができたかもしれません。いかに異変に早く気づくことが大切か、ということをその時に学んだはずなのです。目に見えて痩せていくのがわかりましたから、病気の兆候は一度見ているはずなのです。

しかし、祖母も同じ状況だったのにもかかわらず、年のせいだと考えてしまった自分に過去の苦い経験から何も学ぶことができないバカヤローだとつくづく思います。

後悔・・・あの時、異変にいち早く気づき検査をしていたら・・・人生に「たら・れば」は無いということはわかっているつもりです。

二度と同じ後悔を繰り返さないよう、このブログに書いておきます。

| 祖母のこと | 23:14 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

祖母の検査結果を聞いてきた

祖母に胃ガンが見つかって、総合病院で検査を受けていましたが、その結果と今後の治療方針を聞いてきました。

・胃ガンは進行性である
・他臓器の転移は見られない
・リンパ節に転移が見られる
・腹膜に転移が見られる
・腹水が多少溜まっている

したがって、手術はしない、というよりもしても意味が無いということでした。
それで、今後どのようにしていくか医者から選択肢が提示されました。

①何もしない
②抗がん剤を投与する(経口タイプ)

祖母は抗がん剤を試してみたいということで、そのようにすることになりました。
TS-1という抗がん剤は経口タイプで入院の必要が無いので、手軽にできるというのが良かったのかもしれません。

検査の結果を聞くまでは祖母も明るく元気で私もつられて「何とかなるんじゃないかな」と比較的楽観的でした。
しかし、検査結果を聞いたとき、一気にそんな気分も吹き飛びました。

足がガクガク震えました。
息が詰まりました。
胸が締め付けられました。

自分はあまりにも無力です。でも、落ち込んでばかりもいられない。
前回の記事で祖母にできるだけ苦しい思いをさせたくないということを書きました。

ただ、今は全然元気で苦しさは全くといって良いほど見えません。しかしながら、体は何ともないかもしれませんが、心はきっといろんな気持ちでいっぱいだろうと思います。医者の話を聞いて、ハンカチで目頭をぬぐっていましたから。

何とかしたい。そう思うけど、何もできない。巷では西洋医学の他にも「ガンに効く」と言われている治療法(と言っていいのか?)が数多くあります。いわゆる代替療法というやつですね。

父が大腸がんになったときに、代替治療にはいろいろと出会いました。
父は自ら意思で代替治療を取り入れていたので、それはそれで良いと思っていました。(今は辞めてしまいましたが...)

代替治療には魅力的な言葉が沢山あります。「副作用がない」とか「医者からはもうダメだと言われたのに...奇跡の生還」みたいな、何でもない状況であれば「かなり怪しい...効くなら保険とかきくだろ!」と思いますが、藁にもすがりたい状況のときには何でもいいから試したくなる衝動に掛けられます。

しかし、何とかしたいと思うのは家族であれば当然だと思うのですが、その「何とかしたい」という気持ちを代替治療に向かわせるのは自分の「エゴ」なのかもしれないと思うのです。

確かに「効けば」儲けもんかもしれませんが、玉石混合の代替治療の中から何の知識もない私が選択して、祖母に押しつけるというのは、「何かをしてあげている」という気分になりたいだけなのかもしれません。辛さから逃げたいだけかもしれません。

しかも代替療法は基本的に高いです。しかもすごく高いです。もちろん、気功などお金がかからないものもあると思いますが、ほとんどの代替療法がお高いので、さらに「してやってる感」が高くなるのかもしれません。

以前、父が友人から薦められた漢方薬の高いやつが残っていたので(父はまずくて辞めた)、祖母にせっかく残っているのだから飲んでみればと薦めてみたところ、きっぱりと断られました。

その「お高い漢方薬」が効くかどうかわかりませんが、もしかしたら効くかもしれないと思って何となく薦めてしまいます。今でも、飲んでみたらいいのになと思っています。

自分が祖母の立場だったらどうするだろう...きっと得体のしれないモノは飲みたくないと思うかもしれません。
そう考えると、無理に薦めるのは今後辞めようと思います。

父のときもそうでしたが、今後は好きなものを食べて、好きな事をしてください、みたいな話をされました。

祖母の好きなことって何だろう?よく旅行とか行ったらと言いますが、非現実的なことに楽しさがあるとは私には思えません。旅行好きな人はいいでしょうけど。

私は日常的なことにこそ、「幸せ」があるのだと思うのです。もちろんそれは人それぞれでしょうから、何とも言えませんが、祖母はどう思っているのだろう。

祖母とは沢山話をするのですが、なかなか言えないことも沢山あるし、今日新たにいろんなことを思ったのでこれから祖母に手紙を書いてみたいと思います。

| 祖母のこと | 21:04 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

祖母に胃ガンが見つかった

携帯に一通のメールが届きました。
父から「相談したことがあります」との事。

嫌な予感を抱えつつ、父に電話をすると
祖母に胃ガンが見つかったということでした。

連絡をくれた父は2年前の5月に大腸ガンの手術を受けました。
そして、今年の5月は祖母の胃ガンが見つかりました。

電話で話を聞いたときはあまり実感がわかなくて、そして何て言っていいのかわからず会話もあまり無いまま電話を切りました。

そして、すぐに実家に向かいました。

祖母は不在でした。何でも母子会の会合に出掛けて行っているとのことでした。1時間程度、父と話をしているうちに祖母が帰ってきました。

意外とというか、前から思っていましたが祖母は大正生まれの85歳で戦争も経験しているためか、胃ガンの告知にも動揺していないようでした。
父が大腸ガンを告知された時は、かなり落ちこんでいる様子が伺えましたが、祖母はいつもと変わった様子はなく、女の人って強い、昔の人って強いなって思いました。

そりゃ、祖母が何とも思わない訳は無いと思いますが、普通どおりにしていられる姿には本当に強いなと思うのです。

祖母は知人に「85歳にもなって、手術をするとなれば回復するまで時間がかかりすぎて大変だ」という話を聞き、できれば薬で何とかしたいと言っていました。

確かに高齢者の手術は負担が非常に大きいと思うし、1ヶ月も寝たきりになっているとリハビリがすごく大変そうです。
まだ、祖母の胃ガンの進行度がわからないので何とも言えませんし、私にはどの選択が良いのかわかりません。
明日、総合病院に行くことになっているので、そこで医者の話を聞いたうえで、祖母が決めることになると思います。

私は両親が共稼ぎで、祖父が5歳の時に亡くなっているので、おばあちゃんと多くの時間を過ごしてきました。今どうなっているのかわかりませんが、私が小学生の時は土曜日は午前中で終わりだったので、土曜のお昼は祖母が作ってくれたご飯を食べていました。

パンケーキやチャーハンをよく作ってくれました。私はそのパンケーキやチャーハンを今では自分で作って食べています。

私が大人になれた、大きくなれたのも祖母のおかげだと思っています。そして今の自分の考え方、価値観、性格は祖母と似ているなと思うところが多くあります。

祖母とはいろんな話を沢山してきました。半日くらい話したときもあったと思います。今でも祖母とはよく話をします。恐らくアラサー(男)でこんなに祖母と話す人はいないというくらい話をすると思います。

今日の一件を受けて、自分は祖母孝行を何かしただろうか?と考えました。沢山話すことは孝行というよりも、自分が話したくていつも話しているような気がします。

父の時も思いましたが、病気になってからいつも気づくんですよね。よくある話ですね。

私はこれから祖母のために何ができるのだろうか...

祖母に聞けばきっとこう言うだろう。
「お前が幸せになることが私の幸せだ」と。

私はすでに最高に幸せな生活をしていると思います。
ハングリー精神がないと言えばそれまでですが、私は今十分に幸せだと思っています。

私の願いは祖母が苦しい思いをしないことです。
だから、私は祖母が苦しい思いをしなくて済むようにできることをしようと思います。

| 祖母のこと | 17:28 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT |

    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。